プロレスと競馬

 極端な話だが、「ラノベはプロレスの実況であり、ケータイ小説はラジオ競馬の実況(第4コーナーまで)である」といえるかもしれない。
 ただのチョップやキックやボディプレスを過剰に装飾する文化と、ただ起きていることだけを最小限で書く文化。大雑把すぎるけど。もちろん芸術的な実況は不可能じゃないと思うけど。


 (最近のラノベについて、)「映像の実況に留まるなら、文字媒体でやる必要は何一つ無いし、いずれ消え去るしかない」という、ある文学者の先生の言葉に、ふと思ったこと。(追記:もしかしたら微妙に違ったかも……。「言葉」「文章表現」の力を重く見る方です)


 「メッセージウインドウの行数に収まる文体(エロゲ)と、携帯電話の画面内に収まる文体(ケータイ小説)の間にあんまり違いはない」との指摘も、別の文学者さんからいただく。


 しかし意外にブクオフにないもんだな、「嵐が丘」。手旗信号版を捜しているのではないのだが……。