台湾芸術

アジア藝術学会主催 同志社大学社会・芸術国際研究センター共催シンポジウム開催 ―台湾美術の現在―
http://wwwsoc.nii.ac.jp/asa/jpn/event.html

 教会の中に入ってみたかった、という主目的でのぞきに行ってきた。前半の報告は、台湾美術史概観ではあるのだけど、終盤が「やっぱり日本のオタの悪影響は台湾のアートにも出てましたかどうもすいません」といった感じ。最近の創作物関係学会の研究対象はその辺を避けて通れないくらい「汚染」されてるのだろうか。*1


 林惺嶽教授の台湾美術史総まくりはなかなか圧巻だった。
 先住民の装飾に始まり、漢民族農民の実用的陶芸品、水墨画へと展開、日本時代に西洋の技法を取り入れ、「台湾の情景」から「台湾人」が描写対象になりつつあった矢先の終戦、国民党期に魯迅の弟子を中心に広がったリアリズム、2.28以後の中華ナショナリズムと伝統技法への回帰、アメリカの接近による抽象主義への傾倒、断交によって再び多様化、という流れを二時間強でどどどどどっ、と。
 ただ、冒頭に「私は名誉教授ではありません。名誉教授にはなれそうもないです、批判ばかりしてるから」と笑いを取ったのが納得できるほど「ああ、この人は国民党以後の台湾美術史を好ましくない(現在の国民党を毛嫌いしているというのではない)と思ってるんだな」という匂いが。伝統美術への回帰や抽象画、ポップアートへの傾倒を「強い文化に流されているだけ」「文化を植民されている」とボロカス。一方で日本時代を「油絵、印象派の影響など新しいものを学んでいた」と評価しているあたりに違和感を感じないではないが、林教授における美術史は技法や外観よりも、描く対象に対する哲学的な視線を重視し、如何に捉えるか、定義するか、というところに重点が置かれていたようであった。「台湾人を題材とするようになった」ことへの視線が強いようにも。
 台湾美術史をいかに評価するかということにはまず歴史的な要素による「幅」を理解することが寛容とする林教授の結論はわかったのだが、とりあえず2.28事件の死体画像をパワポで映すのはかんべんしてくださいということだけは声を大にして言いたい。白黒ならいいってもんじゃないんです……。

*1:ちなみに児童文学の世界では、ラノベ、YA文学について「一番妥当な場ではあることは認めるが、これらは本当に児童文学として研究されているのか。単に『自分たちの文学』として研究されているだけではないのか」という疑念が抱かれているようであった。YA文学、「児童書の“あと”にできる場」が引き受けている共同幻想を主目標とする俺にとって、この言葉はずっしりと重しになっている。