一言告げるべきだったか、それとも

 観客という群衆の最前列に位置する者は、後列の視線に配慮すべきである。
 これは確かに事実である。また、密集してしまうと「立ち上がる」という動作も億劫にはなる。一方で、椅子を持たず来ている私のような者は、膝が痛くなれば、前の状況が「観客にとって割とどうでもいい」ものであれば立って見ていることも許容されるだろう。


 11日は明野駐屯地の記念行事および観閲式、航空祭であった。三重県唯一の飛行場で、伊勢湾台風等の経験から緊急時への連携が構築されていることもあり、陸上自衛隊機ばかりか、県警ヘリ、海保ヘリ、航空協会のグライダーなど県内の飛べるものは片っ端から集めてきました的な地上展示と、創立記念行事の観閲式がメインである。また、今年はアパッチ・ロングボウの式典初飛行ということもあり、明らかに来場者数が会場の想定キャパシティを越えていたことが窺えた。特に食料系模擬店は壊滅的状況にあり、模擬店よりも基地内売店カップラーメンがよく売れている状況というのはなんというか「ありえない」。

http://www.mod.go.jp/gsdf/japanese/link/akeno/sa/event/event.html

JGSDF,Aviation School AH−64D Apache Longbow
http://harunakurama.blog.ocn.ne.jp/kitaooji/2007/11/aviation_school_b55f.html

 明野駐屯地航空祭は、「部隊の観閲、少年工科学校のファンシードリル、中部方面音楽隊の演奏、ヘリ部隊の観閲編隊飛行、一部機体による飛行展示、訓練展示(今回は対ゲリコマ展開……これについては言いたいこともあるがここでは省略する)」というのが午前中の流れで、午後には体験搭乗などが催される。
 観閲式は、当然ながら地上で行われ、前列が立っていると後列は全く見えない状況になる。隊員の動作もひとつの見物対象であり、前列がしゃがむ、ないしキャンプ用の椅子を使用するのは後列に対する配慮ともなる(明野航空祭では小松航空祭のような椅子・シート禁止規定は布かれていない)。
 しかし、観閲式においては、この後列への配慮と完全に抵触するシーンが発生する。放送によって起立が要請される場面(脱帽は要請されない)、二度の国旗の登壇および国歌演奏である。


 国旗が入場すれば、ジープから降車した国旗と、銃剣付き軽機関銃を持つ儀仗兵の露払い二名が、三名横一線で観閲台へ向かい、国旗のみ登壇、国歌演奏後降壇、観閲台横の台上にあがるという動きが行われ、国旗入場から降壇までの間、場内放送では起立が要請され、大多数の来場者はこれにしたがって起立するか、あるいは元から立っている。
 私は観閲台横の国旗保持隊員用の台を目の前に陣取り(実を言えば、この台を音楽隊指揮者用だと読み違えていたのだがw)、観閲執行者や国旗保持要員らの登壇・降壇ルートもまた目の前にすることができる位置にいたため後列への配慮からしゃがんでいたのだが、要請に応じ、マナーとして起立した(帽子は携帯していない)。そして、この一連の動作中においても、シャッター音は断続的に聞こえていた。
 さて、この国旗入場・登壇から国歌演奏、降壇へと至る一連の動作(退場時は登壇、演奏、降壇、ジープにて退場)は、式典の一部である。しかし、航空祭という性格上、観閲式自体が国民へのパフォーマンスとして成立しているという一面から言えば、登壇までの行進動作、儀仗兵2名の銃捌きなど、この国旗保持部隊?の動きもまたパフォーマンスとしての性格を有している。では、この「パフォーマンス」に対して最前列観客はどう対処すべきだろうか。要請にしたがえば観客としてのマナーには抵触する。したがわねば国旗に関するマナーに抵触する*1


 なぜこんな話になっているのかというと、私のすぐ側にいた最前列の家族連れが登壇時起立しなかったことによる。彼らが起立しなかったことで後列は登壇時の行進への視線を妨げられず、私が起立したことは後列の視線を妨げた、という思考による。そして、おそらく私が後列者であれば、前列が起立したことで視線が通らなくなれば不満を抱くだろうことも明白だだろう。
 パフォーマンスとしての視線で見ながら、式典という場におけるマナーに縛られることに思考を巡らせる余裕があり、最前線で起立しないという行為をマナーや義務よりも反射的に「他者の目」の次元で「指摘した方がいいのか、それとも余計なお世話か」を考える、ある意味混沌とした空間は、たしかに平和な証左かもしれない。


 とりとめなく終わる。



 おまけ

赤福の改善報告書了承 第三者委が初会合 12日、農水省に提出
http://www.isenp.co.jp/news/20071110/news01.htm

 いいかげん再開してくれないと三重に出向いた時買ってくる物に困るw。なんだかんだ言っても、包装紙だけ変えたような観光地汎用の土産物群に比べて絶大なるインパクトと味への信頼があっただけに、現在の状況は非常に「残念」である。ちなみに私は一時期代替品?として持ち上げられていた、類似する某製品には味の点で全く信頼していないのであしからず。
 類似商品としては小松のおみやげに使う、加賀の「あんころ」というのもあったっけ。同種の外形をした商品のうち、私の過去で最大のインパクトを誇ったのが鳥取の「梨福」。見た目のインパクト重視で買ってきたが、梨餡のつぶつぶした食感と、妙なさわやかさが餅と合ってなかなかよかったw。

*1:長野オリンピックで小学校の団体がどこの旗にも起立しなかったことで顰蹙を買ったが、私がいう「マナー抵触」はこの程度のことである。もちろん、信条から起立しないという選択肢を意識的にとっているならこのジレンマは無関係であるし、基本ラディカルで13-35条を最重要視する護憲主義である私は、これを他者に強要しない限り非難するつもりはない。