ドブネズミ騒動。

モノーキーさんより。

ドブネズミがネズミに因縁つけた(?)件についての諸反応
http://www.absoluteweb.jp/ohno/?date=20060430#p01

俺は村上を黒ネズミピカソ風と、可変機体美少女風の人としか思ってない、というかあれの何処がアートなのかさっぱりわからん。後者なんか「いまどきその程度の変形機構じゃウケねーよ」という印象しかないので、コンセプトとしてさえ中途半端なものを競合がないところでやったに過ぎないとしか思えない。

オイラはポストモダン以降の高度情報化社会に住んでる以上は、既成の作品の引用や模倣なしには何も作れないと思っているけど、自分は既成の作品を利用しておいて、他人にやられると訴えて金を取るのは、矛盾してないか?
(略)
それがポップアートの精神じゃないの?

町山智浩氏(http://d.hatena.ne.jp/./TomoMachi/20060425)の日記より引用。前段には全くもって同意。
そのかわり引用した、模倣したものに対しての敬意と、行為への自覚は持たなければならないのに、村上はそれを放棄してしまった。今までは敬意が無いこと・タダ搾取しているだけのことへの批判が主流だったが、今度はそれに留まらない。
……まあ最近じゃネタ元のデゼニが堂々とパクリやってるからなあ……。



もちろん逆にオリジナルっぽいものを見た側が既成の作品を思い出すことによって鑑賞のための想像力を働かせることもあり得る*1、それも現代芸術の利点だと思うけど。

*1:たとえば中村哲也の「スピードキング」http://www.geidai.ac.jp/event/skinodelic/profiles/nakamura_tetsuya.htm東京芸大より)は、一般人にとっては「スピードを表す何か」でありドラッグレースオーバル風の空想になるが、オタからすれば明らかにサイバーフォーミュラであり羽やノズルをぐりぐり動かしてテクニカルコースを走る空想も可能である。