順応性が罠。

スチームオペラ (蒸気都市探偵譚)

スチームオペラ (蒸気都市探偵譚)

 これは、れっきとしたミステリーである。
 なにひとつとして、作品世界のルールにおいて不条理なことは起きていない、正真正銘のミステリーである。蒸気機関エーテル説が支配する世界において発生した殺人事件と陰謀を巡る、一人の少女の冒険譚である。


 細密に作り上げられた作品世界とSF考証の上に構築されたミステリーは、一見取っつきにくいかのように思える。冒頭から繰り広げられる蒸気都市、エーテル科学の街並みは、たしかによくあるファンタジーの世界であって、ミステリ好きからは見慣れない。一見なんでも起こりそうな世界でのミステリーなんて、と思うかも知れないし、表紙が表紙だけに冒険譚としても売れ線狙っただけのように見えるかも知れない。しかしそう思って読むと見事に足下を掬われる。「エーテル科学」なんてものがあるせいでどんなトリックも無意味に見えてしまうが、その上でも不可解な事件が次々起こり、その解決手法もまた作品世界を魅力的にしている。


 私は本作を、(さまざまな児童小説のムーブメントを)一回りして江戸川乱歩南洋一郎に戻ってきている現代の小学校高学年から中学生にこそお薦めしたい。

(以下重大なネタバレのため隠す)


 ……と思ったか?
 ああそうさ俺はそう思ったさ!
 作品世界の大がかりな説明が、すべてのトリックを説く手がかりとしての伏線になるんだと考えつつ、作品世界のルールを脳内に構築、ある程度順応したころに最初の事件が起きて、これまでの説明を想起して推理にかかる、おそらく「ファンタジーラノベを読み慣れた読者の大半がするように」俺も読み進めた。
 だがその順応性こそが最大の罠だった、という話だ、これは。ゆえに、読み慣れた読者ほどドツボにはまるのである。SF読者なら耳慣れた話や、SF読者がにやりとするような設定も、すべてはこのドツボに誘導するための罠として機能している。芦辺拓という作家は実に狡猾である。


 たとえば、ラピュタみたいなローター大量搭載飛空挺や羽ばたき飛行機がばんばん飛んでいる世界だからといって、その世界で紫電改やF-104は飛行不可能かと言えばそうじゃない。ある分野の機械が発達したことは、別の機械に対して排他性を持つものではない。読み慣れた読者が無意識下に発動させてしまう排他性、択一的な価値観こそが本作最大のトリックであるといえよう。


 さて、先ほど小学校高学年から中学生に薦めたいと書いたが、おそらく芦辺拓のこの意図は彼らには通用しない、しかし彼らはこの作品を素直に受け取り大いに楽しむ。こういう、既存知識を一切なしに「特定層以外にも素直に楽しめる」作品がラノベにも増えるべきだと思うが、最近は「既存層狙い一点突破」で世に出たあとの「万人向け全面展開」には乏しいよなあ、とも思う今日この頃。