トレーズ・クシュリナーダという男。

腐女子の人々のツボはキャラではなく関係性、ということは前にも書いたが、結局のところ「業」なんじゃないかなと思う。
ふらっと『〜エンドレス・ワルツ』見ながら思ったことなんだが、泥臭い現実をまず除外した上で、各種の禁忌や関係性上の障害を踏み越えるモチベーションとしての「純愛」を前提に立てながら、それでいて「泥臭い現実」周囲の圧力(同性からのアナログ的包囲網含む)や敵の妨害に流され、意に添わない行動をせざるを得ないながらも挑まなくてはならない(恋愛感情に至らなければ流され抑圧されることもないのに)人間としての業がポイントじゃないのかなと。
人間の、戦争への「業」(だけ)を愛したトレーズはある意味においてその投影であるともいえるし、戦いによって自己を保っていた五飛、戦いを原則避けようとしていたカトルもまた、ひとつの女性の勢力と見ることも出来る。同時に、他の選択肢を持たなかったヒイロ、トロワの両名とそれぞれに差し出された救いは、恋愛=戦争の構図から抜け出すひとつの指針であったのかもしれない。


以上、ユニット化する人間のこじつけ雑感。
意図的に触れていないのが一人いるが気にしない方向で。